「鍼灸師」とは?(後編) 鍼灸治療の歴史を知ろう!

「鍼灸師」とは?(後編) 鍼灸治療の歴史を知ろう!

東洋医学・漢方医学から生まれ、今も進化を続けている「鍼灸」。いつ頃に誕生し、どのような発展を遂げてきたのか、ここでなぞってみましょう。


古代中国にルーツあり



鍼灸の誕生には諸説ありますが、記録に初めて登場するのは中国最古の医学書とされる「黄帝内経」(こうていだいけい)という書物です。

伝説の皇帝である「黄帝」がまとめさせたと伝わるこの書物の「霊枢」という項に、鍼灸の記述がみられます。

「黄帝内経」が著される以前にも、鍼灸による治療の原形は存在していたと考えられていますが、体系化された治療法として確認できるのはこれが最も古いものです。

この「黄帝内経」は前漢時代(BC206年~AD8年)に編纂されたので、鍼灸にも2千年以上の歴史があるといえます。


日本に伝わったのは飛鳥時代



中国で生まれた鍼灸が日本に伝わったのは6世紀頃、遣隋使・遣唐使によってもたらされたという説が有力です。

その後、701年に制定された「大宝律令」の中には、鍼灸についての記述があり、国が医学として正式に認めていることがわかります

時は過ぎて平安時代の984年、医家の丹波康頼によって編纂された日本最古の医学書「医心方」に鍼治療に関する記述があり、このときすでに日本独自の治療法へと進化していることが確認できます。

この時代における鍼灸は、日本の医療において中心的といっていいほど重要な位置を占めていたようです。


鍼と灸それぞれに発展



室町時代~鎌倉時代になると、経穴(ツボ)に関する研究が盛んになり、鍼灸医も増え、人々の間にも浸透していきました。

鍼については、安土桃山時代に御薗意斎が太く長い鍼を小さな木槌で叩いて打ち込む「打鍼術」を発案。江戸時代には杉山和一によって痛みを軽減した「管鍼法」が発明されるなど、時代と共にその技法も進化を遂げていきます。

また、灸は民間治療としても広まり、庶民にも身近なものとなりました。松尾芭蕉の「奥の細道」でも、旅の支度をする場面で「三里に灸すうるより…」という記述があります。足への灸で、長旅での疲労に備えていたようです。


戦後の危機~西洋医学と融合して未来へ

このように、独自の進化を遂げながら、日本の医療のひとつとして生活に溶け込んできた鍼灸ですが、明治維新後、さらに戦後にも存亡の危機を迎えます。

明治維新後は、急速な西洋化により医療も西洋医学を重視する風潮となり、明治28年には国会で、鍼灸は医療行為ではなく民間療法だと定義されてしまいました。

そんな中でも、鍼灸は多くの人たちに支持され、研究を重ねながら受け継がれてきました。

しかし第二次大戦の敗戦後、GHQの方針により再び鍼灸は否定され、廃止の方向に向かいそうになりました。しかし、伝統医療を守ろうとする人々の手によって、昭和22年、あん摩や柔道整復と一緒に復権を果たしました。
※「柔道整復」とは?(後編) 柔道整復の歴史を知ろう!にも経緯を掲載

現在は全国に多くの学校や養成機関が作られ、スポーツや医療、福祉などのジャンルに幅を広げながら、鍼灸は日々進化を続けています。

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