
鍼灸師とは
「鍼灸師」は、「はり師」と「きゅう師」の国家資格(免許)を持っている人をまとめて表す言葉です。
これから鍼灸師を目指す人は、この2資格についての知識を持っておきましょう。
■はり師ときゅう師は異なる資格
実際には鍼灸師という資格はありませんが、「はり師」「きゅう師」両方の資格を取得する人が多いため、鍼灸師という言葉がよく使われます。
これらの資格は、共に「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」で規定されています。なお、法律の名前は「きゅう師」ではなく「きゆう師」と、「ゆ」を大きく表記します。
治療法は、「はり師」の場合、経穴(ツボ)に鍼を刺す、「きゅう師」は灸で熱する、とそれぞれ異なります。
しかし両者には、東洋医学の陰陽五行論に基づくものであることや、体に刺激を与えて人間の自然治癒力を引き出すことなど、多くの共通点があります。治療法の中には「灸頭鍼」のように両者の利点を合わせたものも存在します。
ともに古くからある職業ですが、近年も徐々に資格者は増えており、2016年末の時点で、はり師は116,007人、きゅう師は114,048人の有資格者が国内に存在しています。
■治療の対象
鍼灸の治療対象となるのは、主に神経痛や腰痛、リウマチや五十肩などといった、体の痛みや不調を抱える人達です。
治療の視点も、症状を抑えることだけではなく、人が本来持つ自然治癒力を引き出して快方に向かわせる、ということに重きを置いています。
また、昨今は鍼灸の現場においても西洋医学の視点を導入したり、西洋医学でも鍼灸を用いたりするなど、東洋療法と西洋医学との距離は近くなってきています。
さらに、現在では美容のための鍼灸や、スポーツをする人に向けた鍼灸、予防医学としての鍼灸など、鍼灸の施術対象は多岐にわたります。
■東洋医学としての全人的医療
鍼灸の特徴の一つが、「全人的医療」という考え方です。これは東洋・漢方医学がもつ独特の治療法でもあります。
西洋医学を例に挙げると、治療においては痛みや不調の原因を探り、患部への施術や投薬で対応する「対処医療」が中心となっています。
これに対し東洋・漢方医学では、患者の生活状況や環境、精神状態などを全体的に診て、身体の不調の背景を探り、その全体をふまえて治療を行っていきます。これが全人的医療です。
現在は西洋医学でも全人的医療が注目されており、両者の利点を活かしながら患者の治療にあたることもあります。
■治療以外の仕事
治療院での鍼灸師の仕事は、患者への施術が中心ですが、それ以外にも、院内のキャリアに応じて開店準備、院内の清掃や、保険請求業務(レセプト業務)などを行います。
治療が進行中の患者については、その日常生活に関して適切な指導管理を行い、スムーズに快癒に向かうよう注意を払うことも必要とされます。
また、スタッフ同士の治療に関する勉強会や、個別の研究、研修への参加なども行います。鍼灸師としてスキルアップを図るために、大切な部分です。
ほかにも、医療機関に勤務する場合は医師や理学療法士と連携を取りあったり、介護施設で働く場合は通所者の送迎を行なったりする場合もあります。
■仕事のスタイル
鍼灸師は免許を取得すれば独立開業が可能なため、施術所の経営者として開業を目指す人、独立開業ではなく勤務鍼灸師として働き続ける人とに分かれます。
独立開業をする場合も、施術者・管理者としてのスキルが必要になるため、数年の勤務期間を経て開業する人が多いようです。
鍼灸師の勤務する職場は、鍼灸院・鍼灸整骨院といった施術所が大半ですが、他にも訪問治療院、整形外科などがあります。
医療現場だけでなく、スポーツ系の企業に入社したり、プロ団体の専属になるなどして、アスレティックトレーナー(スポーツトレーナー)として活躍する人もいます。
また、介護業界でも、平成30年から機能訓練指導員の対象資格に鍼灸師が加えられるなど、活躍の場は広がりを見せています。
■仕事のやりがい
鍼灸師の仕事のやりがいは、第一に「人を助ける仕事」であるという点が挙げられます。
痛みや不調に苦しんでいる患者と接しながら、原因を探り、快癒に向けて導いていくことで、健康を取り戻した人から感謝され、それが仕事に向かうモチベーションにも繋がります。
また、鍼灸の治療においては、自分のスタイルを築き上げていく、という点も魅力の一つです。
患者の治療には必ずしも正しい方法があるわけではありませんが、そんな中でも現場での経験を重ねながら自分の治療法を築き上げ、それが結果を出し、人の役に立つことで達成感が得られます。
そういった積み重ねを通じて、患者からの支持を得られるようになり、同時に患者の心に寄り添っていけるのも、鍼灸師の仕事のやりがいといえるでしょう。
■鍼灸の誕生
鍼灸の誕生には様々な説がありますが、最も古い記録は中国最古の医学書とされる「黄帝内経」(こうていだいけい)という書物に記されたものです。
伝説の皇帝である「黄帝」の指示で編纂されたといわれるこの書物の「霊枢」という部分に、鍼灸に関する記述がみられます。
それ以前にも、鍼灸の原形は存在していたと考えられていますが、体系化された治療法として確認できる記録は、この「黄帝内経」が原点です。
ちなみに「黄帝内経」が編纂されたのは前漢時代(BC206年~AD8年)のことなので、鍼灸には少なくとも2千年以上の歴史があるということになります。
■飛鳥時代に日本に伝来
鍼灸が中国から日本に伝わったのは6世紀頃で、遣隋使・遣唐使によってもたらされたと考えられています。
701年に制定された「大宝律令」の中にも鍼灸にまつわる記述があり、国が医学として正式に認めていたという事実がわかります
その後、平安時代に医家の丹波康頼という人物が編纂した、日本最古の医学書といわれる「医心方」(984年)に、鍼治療に関する記述が見られ、この時点で日本独自の治療法に進化していることが分かります。
室町時代~鎌倉時代になると、さらに経穴(ツボ)に関する研究が進み、鍼灸医も増え、世の中に浸透していきました。
安土桃山時代には御薗意斎が「打鍼術」を発案。江戸時代には杉山和一によって「管鍼法」が発明されるなど、技術面でも進化を遂げていきます。
同時に民間治療としても広まったようで、松尾芭蕉の「奥の細道」でも、「三里に灸すうるより…」と記されています。長旅の疲労に備え足に灸を施していたようです。
■戦後の危機から未来へ
渡来後、日本独自の進化を遂げながら、生活にも溶け込んできた鍼灸ですが、明治維新の後、存亡の危機を迎えます。
急速な社会の西洋化により、西洋医学が重視される風潮となり、明治28年には国会で、鍼灸は医療行為ではなく民間療法である、と定義されてしまいました。
そんな中でも、鍼灸は身近な医療として人々に支持され、受け継がれてきました。
しかし第二次大戦の敗戦後、GHQ(連合国総司令部)の方針により再び鍼灸は否定され、廃止されそうになりました。
その際にも、伝統医療を守ろうとする人々の手によって鍼灸は守られ、昭和22年、あん摩や柔道整復と一緒に復権を果たしました。
現在では全国に鍼灸師養成施設が作られ、医療や福祉、スポーツや美容などのジャンルにも幅を広げながら、鍼灸は日々進化を続けています。