
開業し院を経営する
鍼灸師になることの大きな魅力のひとつが「独立開業して自分の院を持てる」という点です。
これは、はり師・きゅう師免許を持つ人全てに与えられる資格であり、自分自身をステップアップさせていく上で大きな目標の一つになります。
■鍼灸師の開業率
厚生労働省のデータによると、はり師・きゅう師の免許を取得後に施術所を新規開設した人は全体の約3割となっています。
残りの7割の人は、施術所や医療施設、介護福祉施設などで施術師として勤務しており、施術業界とは全く別の職に就いている人も一部いるようです。
平成30年に新しくはり師・きゅう師免許を取得した人が3千人弱だったことをふまえ、前述の数字を当てはめると、およそ800~900件の施術所が新しく誕生することになります。
これらの数字は年と共に変化し、地域などによっても異なってきますが、およその目安として捉えておくと良いでしょう。
■鍼灸業界の現況
独立開業すること自体は難しいことではありませんが、鍼灸院や鍼灸整骨院は数多く存在するため、その中で生き残っていくための知識や技術を身につけておく必要があります。
参考までに、平成28年の調査で、「鍼灸を行う施術所」は全国に28,299ヵ所、「あん摩マッサージ指圧及び鍼灸を行う施術所」は37,780ヵ所ありました。
同年の、就業中のはり師は116,007人、きゅう師の数は114,048人という結果です。
10年前と比較すると、「鍼灸を行う施術所」の数は約1.6倍、「あん摩マッサージ指圧及び鍼灸を行う施術所」は約1.1倍です。
就業者数では、はり師・きゅう師ともに約1.4倍に増えています。
また、同業者との競争はもちろん、経営者になるためには、開業後も貪欲に学び続ける姿勢や、雇用しているスタッフの生活を保障する覚悟も必要です。
こういった状況をふまえて、免許を取得してすぐに開業するよりも、一定の実務経験を身につけて独立開業することの方が現実的だといえます。
■開業に向けての流れ・経営計画
増え続けている鍼灸施術所の中で生き残っていくためには、開業前から綿密な計画を立てて実行していく行動力と、経営センスとが重要になります。
院の立地や規模はどう設定するか、何を優先して投資すべきか、減価償却プランはどのように立てるか、といった経営に関することを全て考え、随時決定していかなくてはいけません。
施術の実務と同時に経営をするとなるとさらに大変ですが、経営者に向いている人であればこれらのプロセスを楽しめます。
また、スタッフの雇用も、ひとつの投資です。
一人前に育てるために要する労力や期間も費用に換算して考え、必要とされる人数やスキルを検討し、欠員が出た時などにも随時対処しなくてはいけません。
こういった経営の要素をふまえ、施術所を開業するまでのプロセスを整理すると、以下のような流れになります。
<開業時期>
開業したいと思っている人は多くいますが、それを実現できるか、できないかは、その人の行動力にかかっています。
「いつかは開業」という目標が、実現しないまま永遠の目標となってしまわないためにも、まずは開業する時期を決めることが大切です。
「何才までに開業したい」といった希望と、準備に要する期間を照らし合わせて考え、開業年月日を設定し、そこに向けて進む「開業計画」をスケジュールに落とし込んでみましょう。
<開業資金>
施術所を開設するのには、相応の資金(数百万~数千万)が必要です。
貯蓄などで足りるのか、あるいは今から貯めるのか、融資を受けるのか、といったことを熟考し、過不足の無い現実的な予算を算出しましょう。
融資を受ける場合は、返済計画も同時に立てておく必要があります。
返済に追われて経営規模の縮小や廃業といった事態にならないよう、余裕を持った計画にすることが大切です。
<場所>
施術所の立地は、経営に大きく関わってきます。
院の収益や患者の年齢層、他院や他業種との競合などをふまえ、ターゲットとなる地域をいくつかに絞り込みましょう。
近隣の環境や、通勤客の導線、公共交通機関からの距離、住民の年齢分布などを調べていくと、おのずと場所は限定されてきます。
また、理想的な地域が見つかっても、条件に適した物件がないなど、場合によっては場所の選定をやり直さなくてはならないこともあります。
物件も立地によってテナント料が高価なことがあるため、資金計画と擦り合わせながら考えることが必要です。
<店舗の物件>
施術所を構えるテナント物件も、早めに決める必要があります。
物件によっては予算に大きく影響する場合もあるためです。
好条件の物件はすぐに成約してしまうこともあるので、慎重に比較検討するだけでなく、スピード感を持つことも大切です。
また、直前の入居環境が流用できる「居抜き物件」であれば、改装などのコストを抑えられることもあります。
ただし、同業者の撤退物件の場合は、そこを立ち退いた理由も考えた上で、入居するかどうかを決めるようにしましょう。
<院内設備>
治療機器や設備などの手配・設置は、思いのほか時間がかかるものです。
店舗物件が決まったら、迅速に動くようにしましょう。
ベッド数や院内レイアウト、業者の選択、リースなのか購入なのか、といった点を同時に進めていく必要があります。
設備の機種選択やリース会社の選別はある程度の情報が必要になるので、同業の先輩経営者などにアドバイスしてもらいながら進める方が無難です。
<広告>
自分の院を開院して、ただ待っていても来院者は増えません。
集客向上にむけて何らかの努力をする必要があります。
院の看板など外観のデザインに始まり、チラシや雑誌などを使った広告、Web媒体を使った周知、口コミの活用など、開業時から広告展開をしつつ随時見直しを図り、PRを行い続けることが大切です。
また、地域へ浸透するような社会貢献活動も重要です。
ローカルイベントへのボランティア参加などは、直接の利益にはなりませんが、院の認知を広げ、信頼を高める一定の効果があります。
<その他>
施術所でスタッフを採用する場合は、求人を早めに行い、開院前に研修を済ませておく必要があります。
また、開院後は従業員の生活を保障する上で、毎月の給料を支払い続ける義務が発生します。
経営が不振の時には、自分の収入を削ってでも従業員に還元しなくてはいけません。
人材育成も必要になります。
開院時の研修だけでなく、スタッフの指導を随時行い、常に先頭に立って学び続け、それを現場にフィードバックしていくことも経営の要素です。
現場への目配りや、スタッフの精神的ケアも大切です。
誰もが働きやすい環境を作ることは、経営者の大切な仕事の一つとなります。
自分の施術所を持つためには、おおむね上記のようなことが必要になります。
計画性をもって開業し、開院後も経営計画の見直しを続け、社会や業界の流れにのりながら努力を積み重ねることで、鍼灸師、及び経営者としてのステップアップが果たせ、地域医療に貢献できる院を作ることができます。